2017/08/17
涼しかった東京から一路、蒸し暑い真夏の京都へ🚅
桂離宮の参観を申込みしていたので、15:20に桂離宮へ。
京都市内は渋滞し、バスで行くのは残念。地下鉄と阪急電車を乗り継いで、桂駅へ。
桂駅からタクシーで桂離宮に到着。
何度か訪れたことのある桂離宮ですが、真夏に来るのははじめて。
やっぱり、京都の夏の暑さは厳しい~(>_<)
桂離宮は日本最古の回遊式庭園として知られ、庭園と建物が一体となって、日本的な美を形成しています。
昭和8年(1933年)に来日したドイツの建築家ブルーノ・タウトは桂離宮の簡素な美を絶賛し、その知名度を国際的に高めたことで知られています。
庭園を鑑賞したタウトは、その時の想いを「ここに繰りひろげられている美は理解を絶する美、すなわち偉大な芸術のもつ美である。すぐれた芸術品に接するとき、涙はおのずから眼に溢れる」(篠田英雄訳)と表現しました。
桜や紅葉の季節には、より一層、庭園と建物の日本的な美と風情を感じることができます。
斬新な幾何学的デザインの襖も印象的でした。
Contents
桂離宮
概要
♠桂離宮(かつらりきゅう)は、京都市西京区桂にある皇室関連施設。
♠江戸時代の17世紀に皇族の八条宮の別邸として創設された建築群と庭園からなる。
♠面積は約7万平方メートルで、うち庭園部分は約5万8千平方メートルである。
♠離宮とは皇居とは別に設けた宮殿の意であるが、「桂離宮」と称するのは明治16年(1883年)からで、それ以前は「桂別業」などと呼ばれていた。
♠江戸時代初期の造営当初の庭園と建築物を遺しており、当時の朝廷文化の粋を今に伝えている。
♠回遊式の庭園は日本庭園の傑作とされる。
♠建築物のうち書院は書院造を基調に数寄屋風を採り入れている。
♠庭園には茶屋が配されている。
♠現在は宮内庁京都事務所により管理されている。
建物と庭園
御幸門
表門を入って真っ直ぐ進んだところにある。後水尾院の行幸に備えて建てられた。切妻造茅葺の素朴な門で、格式の高い四脚門ではなく、棟門形式とする。柱と桁には皮付のアベマキ材を使用する。門の手前脇にある方形の切石は「御輿石」と称し、天皇の輿を下す場所だという。
御幸道
御幸門を入って右折し、古書院へと向かうアプローチである。道の石敷は「霰こぼし」と称し、青黒い賀茂川石の小石を長さ44メートルにわたって敷き並べ、粘土で固めたものである。突き当りの土橋を渡って古書院に至る。
外腰掛
御幸道の途中から左に入り、飛石を伝っていくと、外腰掛がある。これは、松琴亭で茶会が催される際の待合になる。正面3間、側面1間で、茅葺屋根を架す。柱は皮付クヌギ材で、曲木の梁を渡し、屋根裏は葭を竹垂木で押さえている。奥には板腰掛を設け、北端に飾り雪隠がある。
二重桝形手水鉢と石燈籠(外腰掛近く)
蘇鉄山
州浜と石橋
黒く扁平な石が敷き詰められ池に突き出している。先端に灯籠を据えて岬の灯台に見立てて海を演出している。また、その先の中島と石橋のつながりは、天の橋立に見立てたものといわれている。
松琴亭
松琴亭は、桂離宮で最も格の高い茅葺入母屋造りの茶室である。一本の切石を渡した橋を渡ると松琴亭である。
橋を渡る手前から松琴亭屋根の妻に「松琴」の扁額が見える。後陽成天皇の宸筆で、銘は捨遺集巻八雑上の「琴の音に峯の松風通ふらし・・・・・」の句から採られている。にじり口の内側は三畳台目(茶室用の畳)の本格的な茶室で、遠州好みの八窓の囲いである。
松琴亭外観は、東、北、西の三方から眺めるとそれぞれに異なる風情が楽しめる。
床の壁面と、二の間境の襖とは、白と藍色の方形を互い違いに配置した抽象的な文様(市松文様)で全面が覆われている。これは白と藍染の加賀奉書を張ったもので、桂離宮にみられる斬新なデザインの代表例として知られている。
賞花亭
賞花亭は、池の南側にある大きな島の頂上よりやや西に北面して建つ。皮付柱を用いた、間口2間の小規模で素朴な茶屋であり、「峠の茶屋」と呼ばれる。建築面積は12平方メートル。切妻造、茅葺とする。中央の土間を囲んで「コ」の字形に4枚の畳を敷く。北側正面と西面の大部分は吹き放し、西面の袖壁と東面の壁にもそれぞれ大きな下地窓を開ける、開放的な構えになる。土間に炉と竈を設ける。南側には水屋を設け、その上を竹の連子窓とする。
南側壁に掛かる「賞花亭」の額は曼殊院良尚法親王(智仁親王の子)の筆。この建物はもとは今出川の八条宮本邸にあった「龍田屋」という小亭を移築したもので、使用する時は「龍田屋」の字を白と紺で染めた暖簾を掛けたという。古図によれば、この建物はもとは中島の山頂に、現在とは逆に南向きに建っていた。前述の「賞花亭」の額が書かれたのが宝暦13年(1763年)であることから、同年頃に現在の位置に移され、方位も変更されたとみられる。なお、この建物は昭和9年(1934年)の室戸台風で倒壊し、翌年に新材で復元されたものである。
園林堂
園林堂は、池の南側にある大きな島の西端に建つ持仏堂で、離宮内で唯一の本瓦葺の建物である。宝形造、本瓦葺で、正面に唐破風を付し、正面と両側面の三方に銅板の庇をめぐらす。周囲には高欄付の縁を設ける。なお、小屋組の構成からみて、当初は瓦葺ではなく軽い屋根葺材(檜皮か杮)が用いられていたと推定される。堂内は板敷、格天井で、奥には間口一杯に仏壇を設ける。
かつては楊柳観音画像と細川幽斎(智仁親王の和歌の師)の画像が祀られていたが、これらは別途保管され、現在は堂内に何も祀られていない。仏壇の手前には横長の火頭形の枠があり、紗を張った障子を立てる。仏壇の奥壁は金箔張りとする。仏壇の上部は菱格子の欄間とし、仏壇の下は上下の框の間を縦方向に三等分し、それぞれに格狭間を入れる。火頭枠と欄間の菱格子の組子は黒漆塗、火頭枠の外側の羽目板や格挟間の外側の壁面は春慶塗、格挟間の内側は金箔張りとする。堂の周囲には黒石を敷き詰めた雨落敷をめぐらすが、この雨落敷の上をまたいで横断する形で、方形切石の飛石が設けられており、桂離宮における奇抜なデザインの一例として知られている。
月波楼
月波楼は、池の西岸、古書院の北側にある茶屋で、南を正面とし、池に面した北側と東側には石垣を築く。建築面積は26平方メートル。寄棟造、杮葺とする。建物名は白居易の『西湖詩』の「月点波心一顆珠」(月は波心に点じ一顆(ひとつぶ)の珠)という句に由来する。中央の土間を囲んで東に「中の間」、北に「一の間」、西に板敷の「膳組所」があり、中の間の手前に「口の間」が突出する。松琴亭が冬向きの茶屋とされるのに対し、こちらは夏向きの茶屋とされている。
庭園風景
「桂離宮」参観要領
参観要領はこちらから⇒宮内庁参観案内
アクセス
最寄りの交通機関等からの距離(所要時間)
●桂離宮
阪急京都線 桂駅から 徒歩20分
市バス 桂離宮前から 徒歩8分
●参観開始時間(所要時間約1時間)
午前9時 午前10時 午前11時
午後1時30分 午後2時30分 午後3時30分